2025年に出会って良かった概念:ラーメン二郎と、二郎のようなラーメン

食べ物

スマホを上向きに料理のそばに置いて、人差し指で画面を突きながら料理をつつく。
お行儀が良くないけれども脳にはとても気持ちの良いごはんの食べ方が社会から選択肢として提示されて久しく、とりわけ1人でいる場合は横着してこのスタイルでごはんを済ませるか、スマホをしっかりポッケにしまってごはんに集中するかを選ぶことになるのだけど、後者の食べ方とて意識下にスマホの存在がまずあって、そもそもスマホを見ながらご飯を食べる発想などハナから無かった2012年まで頃とはごはんに対する向き合い方が完全に変質してしまっていて、それは不可逆なものなんだろう、そんな変化に対する侘しさは独身男性レベルを上げていくにつれて色濃くなっていた。そしてそんな折り合いのつかなさは、ラーメン二郎(と、二郎のようなラーメン)との出会いによって2025年に解決の目を見る。

友人に連れられて入った豚山上野店で、二郎ラーメンのようなものとの邂逅を果たす。
ニンニクだけのコールで運ばれてきた一杯を見て、下手したら完食できないかもしれない、と恐れおののく。(←ここがブレークスルーポイント)
ぱしゃり、とその姿をカメラに収めて逡巡すらせずにそそくさとスマホをポッケにしまい、無心でもやし、麺、もやし、と食べ進めていき、腹パンになりながらも無事完食して生還を果たす。これは良さそうだという感触を得る。

蒲田に住んでいるので、豚山が蒲田にあるという情報をキャッチして1週間置いてからすかさず入る。(1週間の感覚を空けるのはじぶんの胃腸との紳士協定である)
ニンニクマシマシにしたらおなかが痛くなること、ヤサイの量はふつうよりマシにした方が全体のバランスが良くなって完食後に辛くなくなることを学ぶ。

豚山はあくまで二郎のようなラーメンなので、ラーメン二郎に行きたくなり、「二郎 初心者 おすすめ」でググり、蒲田から比較的行きやすそうな川崎の生田店に行ってみる。
開店前に着いたのに長蛇の列ができていたこと、行列の進むスピードの速さ、同じロットの人たちの食べる速さに腰を抜かし、麺のコシに舌鼓を打つ。

横浜関内店に行ってみる。店内の動線の細さに、むかし通っていた駿台札幌校の自習室を思い出す。(何を思い出しているんだ)

二郎の総本山、三田店に行ってみる。チャーシューの香ばしさとコクの深さ、周りのお客さんの目の血走り具合にびっくらこく。

ラーメン二郎と二郎のようなラーメンはその量の多さとパンチの強さから、ちょっとでも気を抜けば完食できないかもしれないという緊張感をもたらし、また時間をかけるとどんどんお腹が苦しくなってくるので短時間で片をつける、そんな全神経をごはんに注ぐ姿勢を要求する。ラーメン二郎と二郎のようなラーメンが提供してくれるのは一杯のおいしいラーメンに限らない、スマホの普及によって失われかけた食事体験を取り戻すことでもある。わたしとラーメンだけの世界、わたしとラーメンのロビンソン。
2026年もラーメン二郎と二郎のようなラーメン屋に足を運び、ごはんと向き合う姿勢を定期的に思い出す営みを続けていきたい。

 

レンゲは普通にある方が良いな〜!

 

以上

コメント

タイトルとURLをコピーしました